arc の日記

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MIT原子力理工学部による「最悪のシナリオ」予測に関するコメントと解説

本記事は5つ目の翻訳記事で、元記事は日本時間18日午前0時55分に公開されたものです。前4つと同様にGoogle Docs上で作業が行われました。翻訳に協力してくださった toshiki.saito さん、 @shigeomix さん、 @hoshimi_etoile さん、 @masae_i さん、 @LunarModule7 さん、ありがとうございます。

更新履歴

注意: この記事は福島第一原発の最新の状態を解説したものではありません。福島第一原発事故関連で日本語の良質な記事・ニュースソースをご覧ください。また、この記事のほかにも様々な記事が翻訳済みです。翻訳記事の一覧はMIT原子力理工学部による原子力発電の解説(翻訳)にあります。

目次

前書き

mitnse.comのブログは、最悪の事態のシナリオに関する膨大な数の問い合わせをもらいました。これは、科学的価値に幅のある玉石混交のシナリオがメディアをにぎわす現状を鑑みれば、とくに不思議なことではありません。mitnse.comの目的は我々が持ちうる最大限の情報をもとに啓蒙活動を行うことなので、我々自身のシナリオを提示することは控えようと考えています。しかし、ここではいくつかの予測シナリオに用いられている用語について注釈を施し、また、政府機関や科学組織がどのような手法を用いて、国民に知らせるべき対応策を決定しているかを説明したいと思います。(訳注:というわけで、これは最悪のシナリオが何なのかについて書かれた記事ではありません。様々なシナリオが様々な人によって語られるなか、科学的に正しいシナリオのベースになっている考え方を事実とともに啓蒙する記事です。)

炉心溶融

炉心溶融メルトダウン)という言葉はジルコニウム合金の被覆管及び酸化ウラン(もしくは3号炉の場合には混合酸化物=MOX)の溶融を示します。これらの2つの構造体は核分裂生成物放出に対する最初の2つの防壁であって、放射性核分裂生成物は通常、燃料ペレット内部の固体、燃料ペレット内部の気体、ペレットから放出されたものの被覆管内部にとどまっている気体、のいずれかの形態で存在します。原子炉が停止された場合、これらの核分裂生成物は崩壊を続け、熱を生成し続けます。この熱の量は最初、初期レートの7%となりますが、熱を放出する同位体が崩壊するに従って減少します。もし崩壊熱が冷却水によって除去されなければ、燃料及び被覆管は加熱していきます。

1200℃を超える温度では、ジルコニウム合金の被覆管で絶えず起きている腐食反応が劇的に加速してしまいます。この反応による生成物には、酸化ジルコニウム(訳注:これに関しては最初の記事を読んでみてください)、水素(これに関しては水素爆発の記事を読んでみてください。)、熱が含まれます。この熱は、腐食反応を加速させるほか、燃料棒の冷却を妨げます。この反応は自己触媒的に進む(訳注:反応の生成物が反応をより推し進める方向に働く)ため、通常、安全系(訳注:安全を保つためのシステム)は被覆管の温度が1200℃に達しないよう大きく余裕を持って作動します。

しかし、スリーマイルアイランド事故のように、各種の障害により、これらの冷却手段が取れない場合、燃料棒は過熱して酸化ウランの融点、2400-2860℃(この数値は燃料棒の形成法、および運転履歴によって異なる)に達してしまいます。この時点で燃料棒はくずれはじめます。燃料棒が液状化してしまうと、崩れながら、したたり、炉心溶融物(溶けた燃料被覆管、燃料ペレット、構造体の混合物)として圧力容器内底部に溜まります。この時点で溶けかかっている燃料や金属被覆に冷却水がかかった場合には、固まるか、破壊されるかして、圧力容器底部に落ちていきます。

同様の状況が使用済み核燃料プールの水冷が行われない場合におこります。しかし、進行速度は(圧力容器内で起こるよりも)遅いものとなります。

構造物の貫通: 過去の経験と実験に基づく知見

(訳注:ここでいう「構造物」は、原子炉容器や原子炉格納容器、原子炉建屋のことを指します。)

燃料棒が2400℃以上になると、それが圧力容器内に損傷を与える可能性が出てきます。圧力容器を形成する鋼鉄の融点はおよそ1500℃です。これに加え、問題の発生している圧力容器は海水の注入でより脆弱になっているかもしれません。海水内に含まれる塩化ナトリウムは鉄の侵食を速めます。とは言え、それが発生するのは通常は数週間から数ヶ月単位で数日ではありません。しかしながら、圧力容器の状態についてはある程度の不確実性が存在します。

幸運なことに、溶融を起こし始めた燃料棒についての事例が存在します。スリーマイルアイランドの事故では、およそ炉心内の50%の燃料棒が溶融していました。その際、圧力容器内部の表面、厚さ9インチのうち、5/8インチが損傷を受けました。炉心溶融物が圧力容器底部に接していた間、約1時間容器は赤熱していました。熱にさらされた圧力容器の鋼鉄は組成変化を起こし、より脆くなります。また圧力容器底部の計測用口も損傷を受けました。しかしながら、溶融された燃料棒は圧力容器内に保たれたのです。

炉心溶融物は(何度か事例がありますが)圧力容器底部をつき抜け格納容器のコンクリート基台に落ち、そこで拡散します。これにより格納容器内で、コンクリート炉心溶融物は非凝縮性ガスを発生させますが、このプロセスはMCCI(molten-core concrete interaction)と呼ばれています。

スリーマイルアイランド事故の教訓から、複数の機関が、炉心溶融物がコンクリート基台に接触するような事態が発生した際、どのような事象が発生するのかを実験する研究を開始しました。これらの実験によりコンクリートの破損程度や、非凝縮性ガスの発生量を見積もれるようになりました。過去20年にわたって、研究は炉心溶融物の水による急冷法を中心に行われていました。

実験は(アルファ線の放出が極めて低く、実験者が防護しやすい)非放射性酸化ウランおよびジルコニウム合金、構造用鉄材を圧力容器内に同じように配置して溶融させることにより行われました。この溶融体はノズルを通して、圧力容器底部に圧力を与えた状態をシミュレートされ、コンクリートの上に投下されました。数時間にもわたる実験はカメラと熱センサーを使って測定され、実験終了後に固化した生成物が調査されました。

実験の結果、水冷を行うことが出来なくなった炉心溶融物、つまり現在、福島第一原発で発生している事象に近い形では、1分間に数ミリの割合で数メーター厚のコンクリートを浸食していくことがわかりました。格納容器内で発生したガスは容器を破損せないために、フィルター越しに排出できる程度に生成されます。

またもし、炉心溶融物を冷やすために水が提供されており原子炉内底部に広がっていれば、コンクリート浸食の割合はさきほどの例に対して5-7%に低減され、さらにガスの生成が抑えられます。炉心溶融物には固体の外皮ができ、この外皮が壊れては再度形成されるため、浸食の速度は下がったり上がったりを繰り返します。

なお、再度申し上げますが、この説明は炉心溶融が取りうる複数のプロセスについて説明を試みたものです。私たちは、現在福島原発の各原子炉内や燃料プール内で起こっているプロセスを予測しようとしているわけではありません。

分析: どのようにして行われるのか、また、その意味するところは何なのか

前段で説明した実験は原子炉内もしくは使用済み核燃料プール内で燃料溶融が発生した際に何が起こるかの検証、もしくは結果の確認、試算のために使われます。また、この試算は一定時間内に原子炉からどれくらいの放射性物質が拡散していくかを見るために利用されます。

この試算には、次のような条件の複雑な相互作用が関係しています。

  • 放出条件: 爆発的なのか、ゆっくりだが継続的なのか?風によって運ばれるのか、煤煙によるのか、水に流れていくのか?地上からどれくらいの高さから放出されるのか?
  • 天候: 原子炉近くおよび他の地帯の天候
  • 地形: 原子炉近くおよび他の地帯の地形

燃料溶融の分析モデルと同様に、これらの分析手法はチェルノブィリ事故の分析データや小規模の実験結果などを含む可能な限りのデータおよび実験の結果を元に検証されます。

試算拡散量はそれらを試算した機関によって使われ、国および地方自治体は、原子炉からの距離に応じて、いつ避難を指示するか、屋内待機を指示するかを決定します。再々申し上げますが、原子炉近くにお住まいの読者のみなさんは政府の発表に注意を払ってください。

放射性物質拡散予測に対する注意: 最近、米国西側に高濃度の放射性物質が飛来するという予測マップがインターネットを中心に出まわっています。この地図にはオーストラリア原子力サービス発行との記述がありますが、そのようなものは発行されていません。この地は、米国原子力規制委員会によって否定されており、現在明らかになっている状況とは全く違う核兵器使用後の予測に近いとの識者の意見が出されました。