arc の日記

はてなダイアリーから引っ越してきました。さらに新しい記事は https://junkato.jp/ja/blog/ で書いています。

特許出願に必要な新規性について

昨日の記事特許法の概要を書きましたが、本来の課題レポートはもっと実用的なものでした。発明が特許として認められるためには「新規性」「進歩性」の両方が必要とされています。そのうち、「新規性」という条件がいかなる原則で判断されるかを(研究者へのアドバイスのようなかたちで)まとめろ、というものでした。せっかくなのでこれも転載します。

長々書きましたが、結論から言うと「内容が固まったらすぐさま特許出願せよ」という一言に尽きます。

発明の新規性

概要で説明したように、特許制度の趣旨は発明の公開の代償として独占権を付与するものです。したがって、特許法は二十九条一項で新規の発明であること(新規性)を特許出願の条件として課しています。なお、特許庁特許の審査基準を公開しており、新規性についても判例とともに基準を紹介しています(第2章 新規性・進歩性)。以降の記述もこの基準を下敷きにしています。続く各号の規定は、新規性を有しない(したがって、出願できない)発明を三つに分類しています。全ての号に「特許出願前に日本国内又は外国において」という但し書きが付いていますが、これは官公庁の営業日などと無関係に、時分まで考慮し、外国の場合は日本国内の時刻に換算して特許出願の前後を判断するという意味です。

さて、第一号は「公然知られた発明」です。公然知られた(=公知)とは、不特定の人に秘密でない内容として知られていることを指します。知っている人が特定されており、しかも内容が秘密として守られていれば公知になりません。このように守秘義務を課すためには、商慣習上、暗黙の合意が認められることもありますが、内容を署名付きで文書化しておくことが望ましいでしょう。なお、守秘義務を負う人が秘密でないものとして発明の内容を他の者に教えた場合は公知となるため、特許出願ができなくなります。また、学会誌などの原稿の場合は、原稿の内容が公表されるまでの間は査読者など限られた人にしか知られないため、公知とはなりません。まとめると、特許申請したい研究内容は、共同発明者となる人か、秘密を守ってくれそうな相手にのみ相談しましょう。査読者を信用するなら、学会用に論文を投稿するだけでは公知とならないため依然として特許申請可能ですが、なるべく早くするに越したことはないです。

次に、第二号は「公然実施された発明」です。これは、発明の内容が「公然知られる状況」または「公然知られるおそれのある状況」で実施されたことを指します。実際に誰かに知られた事実は必要ありません。「公然知られる状況」とは、例えば工場であるものの製造状況を不特定の者に見学させた場合に、当業者が発明内容を容易に知ることができるような状況です。また、「公然知られるおそれのある」とは、装置の外面を見学するだけでは発明内容を知ることができなくても、装置の内部を見ること、または内部について説明してもらうことができるような状況です。まとめると、特許申請したい内容を含むシステムはなるべく不特定の人に見学させないようにしましょう。また、やむにやまれず見学させる場合は、自分だけで引率するか、特許申請する内容まで踏み込んで知らない、あるいは知っているが話さないと信頼のおける人に見学の引率を頼みましょう。いずれにせよ見られたくないところを絶対に見せない工夫が必要です。

最後に、第三号は頒布された刊行物に記載されるか、またはインターネットを通して公衆に利用可能となった発明を指しています。「刊行物」とは公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書、図面その他これに類する情報伝達媒体のことで、マイクロフィルムやCD-ROMなども含まれます。これが不特定の者に見うる状態におかれることが「頒布」で、頒布のタイミングは、刊行物に記載された時期などから推定することになっています。インターネットの場合は、リンクや検索エンジンによってアクセス可能だったり、アドレスが新聞や雑誌などに載ったりしていることで不特定の者が見うるような状態におかれたタイミングで「公衆に利用可能となった」と判断されます。なお、第二号と同様に、現実に誰かが刊行物やインターネット上のデータを見た事実は必要ありません。まとめると、特許申請したい研究内容は学会のWebサイトで公開されたり予稿集や論文誌などで刊行される前に出願手続きを終えましょう。

新規性喪失の例外

前項で説明したとおり、発明は様々なかたちで他人の知るところとなり、新規性を喪失する危険性があるため、特許として認可される可能性があるならなるべく早く特許出願を終えるべきです。ただし、特許庁の「発明の新規性喪失の例外規定を受けるための出願人の手引き(PDF)」の言葉を借りると「刊行物への論文発表等によって自らの発明を公開した後に、その発明について特許出願をしても一切特許を受けることができないとすることは、発明者にとって酷な場合もあり、また、産業の発達への寄与という特許法の趣旨にもそぐわないといえ」ます。そこで、特許法第三十条では、第一項〜三項で規定された条件下なら新規性の喪失を法律的になかったものとして扱う救済措置が規定されています。これら全ての項に、発明が公開された日から六カ月以内に特許出願する必要がある旨が書かれています。また、第四項では、救済措置を受けるためには、特許出願日から三十日以内に公表などの事実を証明する書面を提出する必要があることが規定されています。

まず第一項では、発明の試験を行ったり、刊行物やインターネットで発表したり、特許庁長官が指定した学会で文書をもって発表した結果として発明が初めて公知となり、新規性を喪失した場合を救済するとしています。なお、文書をもって発表とは、単なる口頭発表ではなく、文書に記載された内容に基づく発表を指します。関西TLOの「知的財産入門編 学会発表と特許出願の関係」によれば、文書にはスライドやOHPなども含まれるとされています。また、特許庁の「発明の新規性喪失の例外規定についてのQ&A集(PDF)」によれば、学会で発表された内容が新聞報道されるなど、二次的に公知となった場合でも、学会発表が一次ソースと認められる場合はこの救済措置を受けることができます。

また、第二項では、他者の守秘義務違反や脅迫、スパイ行為など特許を受ける権利を有する者の意に反して発明が初めて公知となり、新規性を喪失した場合を救済するとしています。公知となって六カ月以内に特許申請する必要があるため、六カ月以上監禁されると詰むのでは…?

最後に、第三項では特許庁長官が指定する博覧会への出展で発明が初めて公知となり、新規性を喪失した場合を救済するとしています。なぜ博覧会だけ第一項から分けたのかは謎です。学会は限られた人しか参加しないけど博覧会は誰でも参加できるから?

いずれにせよ第三十条で規定されているのはあくまで「例外」的な救済措置です。救済措置に頼らずに済むよう、また、煩雑な事務手続きを増やさなくて済むよう、繰り返しになりますが特許出願はなるべく早くすべきです。